禁煙外来の治療が、無事に保険適用を受けてスタートしました。自分の場合、精神障害者受給者証があるので、保険適用があれば完全無料で医療を受ける事が出来ます。

本来、自己の選択としてニコチンに依存していったのを、公費で治療を受けるというのに抵抗がないではないです。そこくらい根性で切り抜けろよ、とも思います。

けれど自分の場合、ニコチンの摂取量がハンパではないのです。1日210mg程度。マルボロに換算すると、1日210本吸ってる計算です。ここまでどっぷりニコチン依存になってしまっていると、もう自力で根性で抜け出す、というのは限界があります。実際、節煙と称して少し喫煙の感覚を空けてみたのですが、1.5時間が限界でしたね、苛々してしまって。

 

害が無ければ、電子タバコですので続けても良かったんです。けれど、ハイドーズのニコチンなせいもあって、吸うと寧ろ「肉体的に疲れる」というのが常態化してしまっていて、吸う意味が薄くなってきてしまっていました。吸ってリフレッシュ、というのではなくて、吸って疲れる。これでは、喫煙の意味として有益ではありません。

禁煙外来での治療

禁煙外来では、定番と言えば定番の「チャンピックス」錠が処方されました。現在2錠目を消費したところです。

先に薬剤添付文書などに目を通していたので、副作用が頻発する薬だ、という認識はありました。特に吐き気の副作用がよく出る、ともあったので、初日はナウゼリンをしっかり入れてから服薬しました。そのおかげか吐き気は無かった、と捉えていたのですが、本日服薬してみると、吐き気は生じず。ただひたすら、眠いんですよ。もの凄い眠気。とても耐えきれる眠気ではありません。

 

それで、本日午前中の用事はキャンセルになってしまい、更に午後も、子供が帰ってきてからも寝ていました。

しかしその後になって、バイオリンのレッスン最中に妻の携帯に小学校から電話があり、「学校に来てくれませんか?!」と言われたそうで、バイオリンのレッスン担当を交代、妻を小学校に送り届けました。

子供の事が大問題になってきている。

まぁ……本当に今はパーソナルなところでゴタゴタしています。息子は息子で、今日は25人のクラスメイトに対して暴力行為を働いたらしく、大問題になってしまっていました。

 

それだけ粗暴になっているのは、私がその息子の幼少時代に「叩いて育てる」昭和的なしつけをしていたのがマズかった、というのは、後悔の念と共にあります。結局どんな子供でもそうですが、自分がされた事でなければ、自分からはしませんからね。暴力・暴言を振るわれていた子供だからこそ、他の子供に対しても同様に、暴力・暴言というプロトコルを持ってして接する、という、コミュニケーションとしては問題がある状態になってしまっています。

 

あと息子は、過敏症です。特に音。なんでも、教室が常に「うるさい」んだそうです。それで「うるさい!」と叫んでしまうのだとか。誰が一番うるさいんだという根本的な問いには息子は気付いていないらしく、とにかく自分の周りがうるさいので叫ぶ、との事でした。

まぁ……息子相手に大声出すことは、昔は日常茶飯事だったので、その影響が今になって出てきていると考えると、親としても責任を感じます。正しい方向に息子を導いてやれなかった、というのは、親としての後悔でもあります。

 

今更ながら、という感じはしますが、Amazonで3冊の本を買いました。

 

子供向けなんですが、アンガーマネジメントについては、まず私がこれを実践して、怒りの「連鎖」をスタートさせない事が大事、というのがよく分かりました。どうしても息子のイラッと来る言動に触れてしまうと、そのまま怒りとしてドーンと出してしまっていたので、これを改めない限り、息子が小学校へ行ってその私から受けた怒りのエネルギーをそのままクラスメイトにドーン、という悪循環が絶てない、と考えたからです。

 

ストレスマネジメントも、私にとっても大事です。まだ第1章を親子でワークしたところではありますが、私の場合、ストレスを過度に自己のみに溜め込んでしまい、爆発する所まで我慢してしまう傾向がある、というのは妻から指摘されました。これは今までも指摘されて吐いたのですが、妻の「楽天的」としか言いようが無いスコアに対して、私のワーク内容があまりに「自己抑圧的」であったので、対照としてよく見えてきた、というのがありました。

 

昔妻に、「不満に思ったら後で言うのは辞めて、すぐ言って!」と言われて、まぁ今でもそれはしばしば言われるのですが、なかなか性格上の問題でもあるので簡単には改善が出来ないのが困ったところです。すぐ言う、となると、細かい、本当に些細な事、と自分には思える事も口に出すことになるのですが、それが何だか格好悪いと感じてしまう。けれど、その「些細な事」がどんどん積み重なってしまうので、結局爆発を招く事にもなっています。分かってはいるのですけれどねぇ……簡単では無いです。

 

いずれにしても、息子との関係性は、要改善というところです。今はまだ改善策を模索している最中、という感じなんですが、とにかく一歩でも前に進める様に努力をしたいと思っています。因みに、この辺り天界の御見解を伺いましたら、先日の段階で『3~4日というわけにはいかんが、2週間もあれば変わってくる』と御言葉頂きました。今因みに、その「3~4日目」に当たる頃合いです。今が膿み出しなんですかねぇ……とにかくトラブルの規模が大きくなっているので、心配ではあります。そのうちクラスメイトからも相手にされなくなって孤立するシナリオが目に見えているので、このままではいけない、とも問題認識しています。

「昭和」の名残が結局ダメだった。

昭和時代の子育てと言えば、学校でも家でも、頭叩かれるのなんて普通の事で、ビンタだって「いけないことをすれば、来る」という位には普通の事でした。

 

けれど、平成の時代になり、教育にエビデンスベースが導入される時代にもなってくると、そんなエビデンスに欠けた方法を良しとする訳にもいかない風潮が流れます。まぁ実際、子供の人権保護の問題とかもありますから、体罰でもって子供を躾ける、というのは、時代錯誤でもあったとは思うのですが、私が受けてきた躾はまさに「体罰絶対主義」だったので、その教えを踏襲するしか、私にはそもそものところでは、あり得なかった訳です。

 

けれど、やはり最新のエビデンスベースの育児書などからすると、叩いても意味ないよ、と。単に萎縮効果があるだけで、何らのメリットも無いよ、という事が詳細に記されていました。

とは言うものの、新しい躾の仕方を新たに取り入れる、というのは、なかなか「ポイッ」と出来ることではありません。実際に試行錯誤をして、本人に合う声掛けを継続的に行って、本人のセルフ・エスティームを高める様に持っていく。こう理論を言うだけなら簡単なんですが、息子とは言え別の人格を持った人間ですから、「褒めて欲しいポイント」も異なります。ズレたところを褒めたところで喜びませんし、鼓舞する事も出来ません。

 

そこへ持ってきて、褒められない事象の連発です。毎日誰かをいじめて泣かしたとか、何人とケンカしたとか、そういう報告が本人の口から上がります。勿論その報告は報告として冷静に、叱らずに聞きます。その上で、言えた、という事に対しては「良く言えたね」と褒めます。けれどそこが限界。それ以上、悪い事をやっている息子をどう褒めれば良いのか、まるで見当が付きません。「悪い事には悪い事が返ってくる」ハムラビ法典的な考えから行けば、25人を殴り倒した今日であれば、25人分のげんこつを喰らわせてやりたい、という意識すらあります。けれど、それはエビデンスからして無意味である、という事も理解しているので、本人に「何故そうなったの?」などと根気強く声を聴き取る様にしました。けれど返ってくる答えは「うるさかったから」という、正直理解に苦しむ言葉です。うるさければ殴り倒して良いのか、この子の内的ルールとしては……と、愕然と肩を落とすしか無い、というのが、今日の状態でした。

 

今は平成。もうすぐ次の元号も来ます。

昭和世代である私は、バブル期の恩恵を受けるほどには年が行っていなかったので、あくまで思想的「昭和」のみ受け継ぎ、恩恵は受けられていない年齢層になるのですが、いずれにしてもその「昭和」の影響力は計り知れず強く、私の行動の指針になっています。これを根底から改めるのは、新しい時代に乗るほどのエネルギーが必要です。もう新しい思想を簡単に受け入れられる程の柔軟性が無いのに、必要性の観点から、それを要請される訳です。正直言って、ストレス以外の何者でもありません。

 

果たしてうちの家族はこれからどう進んで行くのか……あまり個人的な、パーソナルな事は天界に伺わないのをポリシーにしているのですが、そうも言ってられないかも知れません。天界に伺いつつ育児、というのも、天界入り出来る私ならではの独特な育児法ですけれど、果たして天界がそれを受け入れて下さるか、という点も不明確です。まぁ、何事もやってみるしかないですけれどね、トライ・アンド・エラー、ですね。

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